2019
07.10

宝石の国

長崎を走っているときは海辺を見ることが多かったなあ。日常生活で海が見えることなんてないから、それだけでなごむ。。。


温泉もあちこちで見かけました。車で走れば山も海も温泉も近い暮らし、なんてうらやましい。


空港へ向かう途中でなんか食べようと、早めのランチ。諫早市の「うなぎ割烹 北御門」に立ち寄りました。


11時開店でしたので、私たち一番乗りです。広くてきれいな店内。


1日限定10食だという満福丼(まんぷくどん)
に目が釘付け。蒲焼2切れに、ボリュームたっぷりの出し巻き卵が乗って1620円でした。追加料金で蒲焼を3切れ、4切れと増量することも可能でした。出し巻き卵、好物なので最高の丼(^^♪


お店独自の赤楽という容器は、二重底にお湯を入れて少し蒸すことによって鰻が柔らかくなり、最後まで温かいままで食べられるように工夫したもの。


諫早名物だという楽焼うなぎ。ダンナが頼んだ梅ご膳は、鰻が4切れ入って2160円。ふっくらしていてなかなか美味しかったそう。


無事に空港の近くまで来て、あとは車を返すだけ。森園公園に立ち寄りました。


前日ネットで見たこの場所がすごく気になったから寄っていくことにしたのです。「ええっ、これバズってるけど明日通るとこじゃん」と思って。


ガラスの粒が太陽の光を浴びてキラキラしてます。さすがビンのリサイクルでできた砂、いろんな色があるね。踏んでもけがはしないよ。


ガラスの砂をまいたのは、大村湾を浄化するためだそう。粒が大きい人工砂にはアサリの幼生が着床しやすい→二枚貝は海中のプランクトンを食べて海水を浄化する→アサリが増えると水質が改善される、というわけ。
娘が「宝石の国」の作者さんのファンなので私もこの作品は知っていた。LINEで画像を送ってあげたら大喜びしてました。


ここは木陰や緑の丘があっていい公園。返却する寝袋を干してたたんだり、荷物を整理整頓したり。車での移動が長くなると、散らかっちゃうものですね。


チェックインすると、乗るはずだった便が遅延になってました。長崎はサクララウンジないのよねえ。。。と思ったら、ひとり500円の喫茶券をいただきました。


この旅行中は五島うどんや干ししいたけくらいしか買ってないので、お土産を物色しに。時間がたっぷりできたのでかえってよかったかな?空港内にスタバがあったので、普段は飲まないもの飲んでみようと、ユズシトラスティーなんて頼んでみた。


8日間の長崎旅行もこれでおしまい。集中的にひとつの県を見てまわる機会はあまりないから(北海道と沖縄は別として)、興味深かったです。1年遅れの日記にお付き合いいただいた方は、見てくださってありがとうございました。

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2019
07.08

土石流被災家屋保存公園

この晩はものすごい強風。お城が高台にあるせいもあったかな、車が倒れるんじゃないかと心配で何度も目が覚めました。
早朝「キャンピングカーだ」「車の中で寝られる」的な話をしながら、車を詳細に検分するおじいちゃんたちがやってきて、私たち中で笑いを堪えるのに必死。みなさんラジオ体操のため集まっていた模様。


強風のおかげで晴れ渡る。昨日はよく見えなかった雲仙岳が姿をあらわしました。


土石流の現場を保存した場所があるので立ち寄ってみました。


1992年(平成4年)8月に被害に遭った被災家屋11棟を当時の状況のまま、見ることができます。


この公園周辺は約3mほど土砂物で埋没しましたが、土砂物の流れてくるスピードが緩やかだった為、倒壊はせず埋もれたんだそう。


電柱も斜めになってます。驚くべき量の土砂が流れ込んだのですねえ。


隣には道の駅「みずなし本陣ふかえ」がありました。


島原ではとうもろこし畑をたくさん見かけていたので、気になっていました。ビワとともにお持ち帰り。


「オカモト・シェ・ダムール」さんに寄り道。小浜温泉にあります。ここには大きな足湯があるので行きたかったのだけど、時間が足りずまたの機会に持ち越しね。


カラフルなケーキが並んでますわ。駐車場も広いし、人気のケーキ屋さんなんだな。


ロールケーキとシュークリームを買いました。朝ごはんを食べそこねたのでちょうどいい。





2019
07.06

島原城にお泊り

島原城は19代253年間の居城でしたが、明治に廃城になり、民間に払い下げられ売却されてしまったんですって。


駐車場に24時間使えるトイレ、売店、時々温泉施設もあったりするので、車中泊は道の駅が便利なんですよね。でも旅の最後くらいお店でゆっくり美味しいものを食べたい!と思い、市街地に歩いて行けて、かつ堂々寝泊りできる場所を探していました。見つけたのが「RVパークsmart島原城」です。電源や各種レンタル用品もありました。今は平日 3,000(税込) / 休前日 5,000(税込)という料金のようですが、私たちが利用したときは1泊2000円でしたわ。


見事な石垣は緩やかな曲線を描きながら立ち、築後390年にもなりますがびくともしていないんだそう。現在の島原城は1964(昭和39)年の建築で、当時の資料を元に当時のように復元されたものです。


子らがお堀で遊んでいるのが微笑ましいわ。


お城から歩いて市街地まではすぐです。まずはアーケード街にある温泉に入ってさっぱり~(^^♪。ここの湯はえらいこと体が温まります。


Googleマップで拾ったお店ですが、なかなか評価がよい。最後の晩は「まどか」さんで、お疲れ会だわ。最近新しくしたのか、モダンなコンクリート風の広いお店でした。銭湯帰りにてかてかの顔で入るようなお店じゃなかったかも。。。


カウンター席に座り、食べおさめのお刺身をば。もちろんビールで乾杯です。


お通しも、季節の筍も、とても上品で美味しいじゃない!長崎市から遠く離れた島原に、失礼ながら過大な期待はしていなかったので、内心すごく驚いちゃった。大好きなアジの南蛮漬けは私のリクエスト。


様子を見て、はしごしてもいいねって話していましたが、すっかり腰を落ち着けることに決めました。このとうもろこし天が甘くてねえ、忘れられないわ。


ダンナが食べたかったのはアジフライです。身が厚くて、ほこほこで最高。


お酒はこんなラインナップでした。珍しくひれ酒とか飲んじゃってる。


自家製のからすみも素晴らしい。お魚を堪能したダンナ、そろそろお肉も食べたくなってきたみたい。雲仙の麓で育った豚肉を使い、添加物を必要最小限に抑えたという雲仙ハムを頼みました。


まだまだ入る勢いでしたが、エンドレスで飲食しちゃいそう(汗)、いい加減に〆ましょ。これは島原名物地獄炊きそうめん。ぐつぐつ煮ちゃってますが、私はにゅう麺が好物で春夏秋冬問わず食べているので、嬉しいお料理でした。結構飲んで食べたけど、お会計は1万3000円ほど。Googleマップのレビューを読むと、大将は博多で修業したひとなのかな?見事なお料理で大満足でした。


ささ、わしらのお宿に帰りましょ。
この時GWだったので、島原城は夜の営業もしていました。温泉に出かける前にお城を見学したのですが、キリシタン迫害の資料を読んで私はいささか気分が悪くなってしまい…5歳の幼児の指を切断するとか本当に人間のすることと思えない。その残虐非道さもそうだけど、何よりそこまでされても信じているものを曲げないところ、宗教というものの暗い側面を思って暗澹とする。我が子が目の前でそんな目にあったら、阻むために何でも差し出すわ…。

2019
07.04

長崎市から島原市へ

朝から車を走らせ、長崎市へ入りました。創業天保元年(1830年)の老舗、岩永梅寿軒さんです。


予約しても相当待つ人気のカステラが、限定数で店頭なら買えるという情報を読み、当日販売を狙って並びに来たんです。だけど、カステラ売らないと無情な貼り紙がされてました…3月の「桃カステラ」・5月の「鯉菓子」の時期はお休みすることもあるんだって。


寛永11年(1634年)に架けられたこの眼鏡橋は、日本初のアーチ式石橋。 川面に映った影が「メガネ」に見えることから、この名前がついたそう。『日本橋』『錦帯橋』と並び日本三名橋なのは、初めて知りました。昭和57年(1982年)の長崎大水害で一部壊れちゃいましたがきれいに復元されて国の重要文化財に指定されてマス。


長崎市は何度も訪問していて、路地裏や坂道のある街並みがとても好き。長崎市内も移住候補地として、お話を伺いに来ました。


市役所の入り口のじゅうたんが眼鏡橋なのです。


さっき見てきたのとほぼ同じで、とてもリアルな出来栄えです。


市役所の担当者さんとは、移住後の生活手段(空き家を再生して賃貸付けする事業)の可能性につき、興味ぶかいお話を聞けました。首都圏でやるのと同じつもりでいたら難しいだろうなあ。その地方独特の事情もあるし。。。
異人堂さんでおやつと、自宅用にビワゼリーを買いました。


おやつは生どら焼きです。ふわふわでおいし~。


カステラの老舗がひしめいている長崎ですが、私たちがいつも買ってかえるのはこちらの長崎菓寮 匠寛堂さん。


市内は雨が降ってきて、とても肌寒いです。せっかく来たからちゃんぽんを食べてこ~と、立ち寄ったのは平和公園近くの宝来軒さん。高級っぽい店構えでしたが、ちゃんぽんと皿うどんで2200円と意外と敷居が低いんでした。体があったまったわ(^^♪


お昼を済ませてからは長崎から島原へ走ります。以前熊本からフェリーに乗って上陸したことがあるけど、素通りだったから一度ゆっくり来てみたかったの。雲仙普賢岳を背にして立つサムライブルー龍馬像がお出迎えしてくれる。これは、2010年の南アフリカワールドカップに合わせて国立代々木体育館に設置されたもので、日本サッカー協会とアディダスジャパンから島原市に寄贈されましたんですって。


雲仙岳災害記念館を見学することに。雲仙普賢岳の噴火の教訓を後世に伝えています。


1991年6月3日、43名の犠牲者を出した火砕流。噴火の映像を撮影していたカメラマンや記者、避難を呼びかけていた警察や消防団、タクシー運転手や住民、火山学者が犠牲となりました。


逃げる暇もなく襲ってきた火砕流、恐ろしい高熱が金属を焼き、プラスチックを溶かした。


「雲仙・大火砕流 378秒の遺言」は火砕流で犠牲になったカメラマンが、直前まで撮影していた映像を基に編集したドキュメンタリーで、ダンナはそれを食い入るように見ていました。当時報道関係の仕事をしていたので、亡くなった方の中に知り合いもいたんだとは聞いていましたが。


焼き尽くされた現場をジオラマで再現しており、かなり見ごたえのある展示でした。

2019
07.01

西海市を見てまわる

棚田で写真撮影したあと、道の駅彼杵の荘(そのぎのしょう)で車中泊しました。


この辺はかつてクジラの水揚げ地であったそうで、鯨肉のコーナーが充実していました。今でも日常的に食卓にのぼっているのでしょうね。


巻き寿司と名物そのぎ茶で朝ごはんにしました。この道の駅には柑橘類も多く置いていましたわ。


10時に西海市さんとのアポがありましたので、市役所へ。2005年(平成17年)4月に、大瀬戸町・西彼町・西海町・大島町・崎戸町が合併して西海市になったそう。


市のさいかい力創造部政策企画課が、移住希望者の相談に乗ってくださいます。案内の車に乗って出かけます。まず最初に市役所近くの空き家を見せてもらいました。


そして雪浦という集落を通り、山を登って向かったのはつがね落としの滝。


川遊びするのに絶好の場所っぽいわ。途中のトンネルはちょい怖かったですが。


雪浦に戻り、新しくオープンするゲストハウスを見せていただきました。立派な古い民家をリフォームして、とても素敵な仕上がりでした。この集落は雪浦川がゆったり流れ、海も近くて、移住者に人気な場所なんだそう。


そろそろランチの時間。「みなとの食堂ひろ」というお店に連れて行っていただきました。新鮮なお魚使ったフライとお刺身の盛り合わせでした。お味もボリュームも大満足。


次は西海市を北上し、大島大橋公園へ。


西海市は長崎市と佐世保市の間にあるのですが、住民の方が大きな病院などに行く必要がある時は佐世保に出るそうで、車よりは船が早くて便利なんですって。あちこちに船着場がありました。


最後に立ち寄ってくださったのが、「西海橋物産館~魚魚(とと)市場」。九州最大とかで、売り場面積490坪と!


伊勢海老も元気、元気。


タコだって生きて丸のまま売られてました。


ここには総工費1億円のスーパートイレ「海の風」というのがあり、ダンナはわざわざ用をたしてきたみたい。私は見てこなかったけど。


本日の車中泊場所は、道の駅 夕陽が丘そとめです。ここに来て、大雨に降られまして、夕陽どころではなくなってしまいました。買ったもので早めの夕食を。


この道の駅は長崎市遠藤周作文学館に隣接しています。当然行く予定だったのですが、あまりの土砂降りっぷりにくじけました。外海は遠藤周作氏の「沈黙」の舞台になった場所でもあり、ここまで来たのに行かなかった自分、バカだったと今は後悔しています。
2019
06.28

土谷棚田(どやたなだ)

一面のレンゲソウ。遠目に見るときれいだけど、足元はすかすかなんだよねー。田んぼに咲いているのは、農家の人が種を蒔いてるから。レンゲソウって肥料になるんだそう。


日本棚田百選にも選ばれてる土谷棚田に来ました。


約400枚の水田が広がる壮観な風景。


毎年4月末から5月初旬にかけての田植えの時期には、日本各地からカメラを持った人たちが集まるそう。すごい数の人たち。


海が見下ろせる景色。穏やかな夕方です。


みなさん、時々シャッターを切りながらカメラを構えたまま待っている。私は下の小道を散歩。


太陽がだいぶ沈んできたわ。きらきら輝いてなんてきれい。


あたり一面がオレンジ色に染まってる。


どんどん濃さを増してくるの。茜や橙と、そして紅。自然の作り出すグラデーションに溜息。


棚田という棚田に、残照が映り込んで幻想的な風景です。たまたまGoogleマップで見つけた場所でしたが、行ってみてよかったわ。お天気に恵まれてラッキーだったし。

2019
06.26

平戸でランチ、豆腐処若木屋

平戸市がある平戸島と本土は、1977年(昭和52年)4月にできた平戸大橋で結ばれています。天気がもっとよかったら赤い橋が映えただろうに。


1996年(平成8年)3月からは有料道路でしたが、2010年(平成22年)には無料開放されているそう。長さは1キロちょい。


車を止めてぶらぶら散歩しました。海沿いのおだやかな街です。


国の重要文化財である幸橋(さいわばし)は石造りのアーチ橋です。長崎市内でもたくさん見たなあ。


向かったのは平戸市の漁業協同組合です。ここに「旬鮮館」があります。


毎朝、獅子漁港で獲れた天然ものが大きな生簀へ運ばれます。買って持ち帰ることもできますが、私たちのお目当てはランチ。


注文が入るたび、引き上げられていく魚やイカ。


すごくたくさんのひとが待っていましたが、やっと座れたわ。ランチメニューはこんな風に写真入り。


ダンナは「天然イラメ定食」1500円なり。身がもっちもちだったそう。


さっき大きな岩牡蠣を3つも食べたので、私はそんなにがっつりはいらないなあ。ということで「鯛茶漬け」700円なり。


ランチの後は、市内の森酒造場さんに出かけてみました。


海外貿易の拠点として栄えた平戸に、明治28年「小松屋」として創業したのが始まりで。現在は4代目社長だそう。


蔵の中を見せていただきました。ブログを書くために調べていたら、つい先日ここのお酒がロンドン酒チャレンジの純米酒部門で金賞受賞したのを知りました。おめでとうごさいまーす。


ドライブの途中で、休憩。佐世保にあるミルキーウェイファームさんというとこが作っているジェラートを置いてました。種類がたくさんあったけど、小値賀名物のピーナッツと、さくらあんこっていうのを選んでみた。思っていたよりもあっさりしてます。


本日は夕方に行きたい場所があったので、それまでは時間ある。瞬間的に佐賀県にもお邪魔してみた。


地元産のフクユタカという大豆でお豆腐を作っていらっしゃる。大人気で買うのも行列でしたわ。今調べたらテレビ番組「人生の楽園」にも出演なさっていたのね。


今晩のおつまみに豆腐とごま豆腐を買いましたが、1番食べたかったのはネットでめっちゃ病みつきになると書かれていた豆腐ナゲットです。あつあつを買って、車に乗ったらすぐに食べてしまったので、写真はないのだ。


小腹を満たして満足。心配していたけどお天気もOK、そろそろ写真を撮りに向かいますか。
2019
06.24

たびら春まつり

教会を見たあと、温泉にでも入ろうかなと思っていたんだけど、向かう途中に何やらイベントを発見。駐車場はすでに満車で、離れた駐車場から会場までシャトルバスを運行させているみたい。急ぐ旅でもないので寄ってくことにしました。


毎年GWの2日間だけ開催されてるイベント。旅先でこういうのに偶然出くわすなんてラッキー。炭火で焼くのはたまらん。


岩牡蠣とかカラフルな緋扇貝とか。私たちは岩牡蠣ネット(6個入り1500円)を買いました。


ダンナのiPhoneはプラスだけど、それと比べるとなかなかの大きさ。完成品を渡してもらえるので楽ちんなんである。


平戸大橋をバックに、岩牡蠣と記念撮影。


このイベント、自宅から日帰りできるな場所なら山ほど魚介を買って帰ってしまったでしょう!この1箱にピカピカの魚がぎっしり入って驚愕の値段でした。


今晩のおかずをいくつか買ったら、抽選券をもらいました。福引したらお買い物券が当たった!


鹿児島県のものかと思ってましたが、長崎にもかから団子ってあるのねえ。サルトリイバラの葉で包んだ団子で、お節句のときに供える風習があるとか。


奈留島に続き、またしても買ってしまう干し椎茸。いくらあっても使っちゃうわ。


50代には懐かしい鯨の竜田揚げ。これもダンナのおつまみ。


会場の隣には平戸瀬戸市場があり、ここの鮮魚売り場は腰が抜けるほど安い!しかも新鮮!長崎や高知に移住したい理由のひとつは間違いなく魚介のためですよ~。


あごだしパックも買い込みまして。


こちらの刺身盛り合わせも、ダンナの夜のおつまみです。クーラーバッグ持参で来ましたから、生鮮食品買うのも怖くないわ。


軽く岩牡蠣食べましたが、そろそろお昼にしようかな。
2019
06.21

キャンピングカーで移動

奈留島から乗船した船は長崎港に近づいてきました。上陸するのは久しぶりだなあ。


長崎はリタイア後の移住地候補として、沖縄・高知とともにリスト入りしている場所。今回は県が後押ししてくれる企画に乗っての長崎入りでした。条件を満たせば1日3000円でこの車を貸してくれます。


いろいろ大変だった「レンタカーで車中泊」ではなく、夢のキャンピングカーです。軽自動車ではありますが。


使わなかったけどテレビも見られます。水道も使えるので便利だわ。


窓にはカーテンついてるし、寝袋も用意されてます。何よりありがたいのは天井に頭をぶつけることなく、ベンチに腰掛けて飲食できることですね!


さっそく高速に乗り、今日の宿泊地に向かいます。


長崎市内から、大村湾を左手に眺めながらのドライブ。佐世保に入ると軍艦がいくつも停泊している港も見えました。


早朝小値賀島を出発して、奈留島に立ち寄り、今は佐世保かあ。長い1日だったナ。


予定していた道の駅に滑り込み、食料調達しました。お酒も買ってお疲れビールです。


翌朝、顔を洗ってさっぱり。1泊したここは「させぼっくす99」。行く前にどこで泊まるか調べましたが、四国のように温泉がある道の駅は、長崎にはないのねえ。


水量の多い川沿いに平戸方面に向かいます。道路と川の水位が同じくらいで、堤防のある川を見慣れていると、ちょっとこわいみたい。


順調にカトリック田平教会に到着。


裏手に回ると墓地があり、信者のひとの多さがわかります。十字架のお墓って、国内では横浜の外人墓地とか小樽くらいしか見たことないから。


レンガ造りの立派な教会ねえ!先日見てきた野崎島の野首教会と同じ鉄川与平さんの手によるものです。


庭も建物も信者さんたちが手入れをし、本当に行き届いているのだ。案内所には訪問するひとのためにひとが詰めていて、説明をしてくださった。柔らかい笑顔は暖かく、もてなしの心を感じてほっこりしました。
長崎県が費用負担しているキャンピングカーで県内を回ると話したら、車内を見せてと言われ、急遽お披露目。確かに!普段キャンピングカーの中とか見る機会ないですもんねえ(笑)。
2019
06.17

長年の夢@奈留島

奈留島港のターミナルはきれいね、まだ新しいのかな。


車(奈留レンタカー6時間4000円)を借りまして、朝早く到着したからまずは腹ごしらえをしたいけど。この時間はぜーんぜん飲食店やってないです。スーパーや個人商店もまだまだ開店前。離島をなめちゃあかんですなあ。朝ごはんは諦めて、最初の目的地の奈留高校へ向かいます。


昭和49年に当時の在校生が、ラジオの深夜番組に私たちの校歌を作ってと投書したところ、ユーミンが「瞳を閉じて」をプレゼントしてくれたんです。


昭和63年8月にユーミン直筆の文字で刻まれた歌碑が建てられました。ご本人も除幕式に出席したんだそう。ここにずっと来てみたかったんだ~。歌詞の刻まれた碑の前で記念撮影。


カトリック江上教会 (江上天主堂)にも足をのばしました。見学が予約制と知らなかったので、残念ながら中は見ることはできず。こちらも2018年に世界遺産に加わりました。


なんとサメが出るんですね~、のどかな景色ですが。


奈留千畳敷と呼ばれる名所。とにかく透明度の高い海。汚れてないんだなあ。


地質学とか岩石とかあまり興味はないけど、自然の作った幾何学模様がまるでアートみたいと思った。そのままパネルに入れて飾っておけそう!


奈留島の港にも、鯉のぼりが泳いでいました。


さすがにおなかが減ったので、お昼を食べる場所を探します。せっかく五島に来ているのだから、名物の五島うどんを食べようかと、「あぶらうり」さんへ。


ダンナはざるうどん、私はすうどんにしました(各500円)。椿油を使い、熟成させた細めの麺はつるつると喉越しもよくて食べやすいです。


船の時間が来るまで、島のスーパーをはしご。さっき食べて美味しかった五島うどん、乾燥させたあおさ、かんころ餅、干しシイタケなんかを買いました。


現在は採掘禁止ですが、奈留島では「日本式双晶」という珍しい水晶が採れるんですって。加工していない自然な形なのですが、ハート型♥️


奈留からはフェリーに乗って長崎へ向かいます。


九州商船のフェリーが到着しました。長崎着は16時05分ですから、3時間30分の船旅ですねー。


さよなら、五島。またいつか来られますように。
2019
06.14

太古から眺める早朝の景色

小値賀に来るときに乗ったフェリー太古に乗船、ふたたび。


まだ暗い中、太古がゆっくり港に入ってきました。


未明から夜明けへ、時間はゆっくり移っていきます。


しばらく五島列島の中、島の間を通って進みます。オールブルーの水墨画のよう。


ほんの少しオレンジがかってきた空。


島影から太陽が昇ってきました。


蒼かった景色から一転して、みるみる橙色に染まっていく。


このあたり、島が点在している。島と島を結んでいる大きな橋の下を通り抜けて。


夜明けから朝に代わっていく光景を飽きず眺める。


海は凪いでいて、船は静かに進んでいく。まるで夕焼けのようだわ。


2時間半の船旅は終わり、目的地奈留島へ到着。次の港へ向かう太古を見送りました。


さよなら太古。博多からフェリーに乗ったのは、いつか旅行雑誌で見た五島の早朝の風景を見るため。お天気もよくて最高の写真が撮れたなあ。これからレンタカーを借り、奈留島を散策。
2019
06.13

小値賀ドライブ

今日の足となってくれるレンタカー。2人で乗るにしてはもったいないサイズ。翌朝まで丸1日使えて4000円でした。


小値賀島のあちこち行ってみよう。まずは赤浜海岸にやってきました。火山岩でできた赤~い浜です。砂も砂利も赤く、鉄分を多く含んだ火山島ならではなんです。


穴ぼこだらけの海岸の石。むかしむかし小値賀島は火山だったんですね、温泉が湧いていればなおよいのに。


小値賀島には空港があります。オリエンタルエアブリッジという長崎の航空会社が以前は福岡と長崎に飛ばしていたけど、2006年3月末で休止となり、現在は定期便の就航はない。


今でも空港職員の方がいらして、自家用飛行機の受け入れや、救急患者のヘリコプター移送などで稼動しているそうです。


地ノ神島神社(ちのこうじまじんじゃ)は、海に向かって立つ神社です。


対岸に見えている野崎島に、沖ノ神島神社(おきのこうじまじんじゃ)が分祀されたのは、慶雲元年(704年)のこと。


地ノ神島神社は、遣唐使の航海安全を祈願して造られたものだとか。


本殿はコンクリート造りの建物。海のそばだから木造だと弱いのかなあ。


柿の浜海水浴場は真っ白な砂浜が美しいそうですが、あいにく訪れた時は満潮。ここは潮が引いた時がおススメですって。


きよすみのお母さんが持たせてくれたランチを、ビーチの東屋でいただきました。


地元では「玉石様」と呼ばれているものを見に来ました!


細い道は岩場に続いているのですが、親切にも玉石様の場所が矢印で示してありました。


コレ、国指定天然記念物。見事な丸い石がはまってます。出入りする海水の勢いで石が回転し、周囲を削ってくんだって。これを甌穴(おうけつ)といって、深さは3m、穴の底の直径は60㎝もあるらしい。


海が見渡せる場所にたくさんの牛が放牧されていて、それを眺めていたら、牛たちがみなこちらに向かって歩いてきたわ。ああ、ごめんね。牧場のひとが迎えにきたと勘違いさせてしまったかな。


もうすぐこどもの日だったから、鯉のぼりをあげてました。各おうちでのお役目終えても、こうして気持ちよさそうに泳げてよかったね。


この日は港まで歩いていける場所に宿を取りました。民宿鈴の屋さんは2人で素泊まり8640円。お宿の方は穏やかで親切な方だったし、お風呂がピカピカだったなー。
夕食取りに行きがてら、集落を散歩しました。小値賀島のマンホールの蓋は、やっぱり鹿なんだわ。


立派な石垣と、しっかり作られた木造建築の建物。


漁師町っぽい、こんな細い路地裏。


私が見てみたかった晋弘舎(しんこうしゃ)さん。残念ながら閉まっていましたが、珍しい活版印刷をされていて100年もの歴史があるそうな。小値賀は焼酎の二階堂のCMにもなってますが、ここも登場しています。


まずは入りやすい雰囲気の谷商店から。まだ新しいお店。お客さんいないのに奥の座敷に通され、なんだか注文もしづらく、長居はしませんでした。


2軒目どこ行こうと、歩いて見つけた焼鳥こにし。店主さんは先に書いた二階堂のCMにお背中だけ出演なさっているとか?


ここは賑わってるなあ。店のひととの距離の近いカウンター、地のものがたくさん並ぶメニューにホッ。


新鮮なお刺身、小値賀名物のピーナッツなど。


鶏の料理がいろいろある中、ダンナは手羽先の唐揚げを頼みました。私はさくら干し(アジをみりん漬けにしたものを潮風で天日乾燥した干物)を食べました。


手作りっぽい素朴な味付けです。旅行中だったので買って帰れなかったのが残念。
2019
06.12

民泊民家きよすみさん

野崎島から戻ると、今日お世話になる宿の方が迎えに来てくださっていました。小値賀には、旅人が一般の家庭に泊まって、食事をともにする 「民泊(みんぱく)」というシステムがあるのです。民泊は2006年からスタートして、現在30軒が受け入れをしているそう。1泊2食付きでひとり8000円でした(2019年4月からは9000円にお値段変わっています)。
お部屋に荷物を置くと、おやつタイムに呼ばれました。干したさつまいもと餅を茹でて、ショウガとゴマと砂糖を混ぜたかんころ餅というおやつ。かんころ餅は五島列島の各島で作られているそうですが、ここんちでいただいた自家製のが一番おいしかったわ。


民宿ではなく普通のご自宅なので、写真はお料理のみ。希望すれば郷土料理の作り方を教えていただけるのですが、私たちはダイコンのごま酢あえを作りました。すり鉢でゴマをすり、香ばしいそれをダイコン・みそ・揚げ豆腐などと和えたお料理。胡麻とお酢ってどんな味になるのかと思ったけど、マイルドでおいし~。
そのあとお風呂に入り、さっぱりしたところで待ちに待ったお夕飯です。五島でとれた新鮮な魚、ぴちぴちのお刺身どーーーーん


高野豆腐に詰め物したもの、肉巻きアスパラ。


焼売もただ皮に包むのじゃなく、カットして蒸すといい感じ。あまりに美味しくて一心不乱に食べてしまったアジの南蛮漬け。ホウレンソウをイカの墨であえた島の伝統料理、イカの黒味和え。


いろどりもきれいなサラダ。家族が生野菜を食べないので、すっかりサラダとはご無沙汰なワタクシ。そういえば母の用意する食卓には必ずサラダがあったなあと懐かしく。


いくつもの野菜が入ったお煮しめ。下ごしらえが手間なのよねえ、わかるだけに一層嬉しい。


あおさとコーンのかき揚げ、これまた最高なんです。魚のフライもふわっふわ。


きれいな押し寿司は、島のなまり節を使って作るんですって。巻き寿司も美しいわあ。


東京から持参した一升瓶をお父さんと傾けながら、食べに食べたこの日。さすがにご飯ものは食べきれずにお残ししてしまった。そのほかにも、白ごま豆腐とか、鯛のおすましとか、写真に収めきれなかったお料理がいっぱい。五島の食材を目いっぱい味わってなんとも幸せな夜。


おぢかアイランドツーリズムさんにアレンジしてもらった民泊、食べるのが大好きな私たちには最高だった。連泊したかったのですが、残念ながら島を出る船がむっちゃ早朝でして、その場合は民泊はアレンジできないのだそう。往路復路ともに佐世保経由のアクセスが一番時間帯がよいので、次はそっちかな。どうしても1回はフェリー太古に乗ってみたかったので、目的は果たしたし。
民泊きよすみさんは、お料理がとにかく人気で、いろいろな雑誌に掲載されたり、インタビューを受けたりしておいでだった。静かににこにこしているお父さんと、話し上手なお母さん、おふたりの人柄も、リピーターが多い理由だろうなあ。ご恩返しにありったけの食器をダンナとふたりで洗って片づけたのだった。

いつもの年なら。今頃が一番つつじがきれいなんだけど、今年はもう終わってしまったと残念そうなお父さん。遠くに海を臨みながら、お庭に面したポーチで朝ご飯をいただきました。


釣りでもしようかと考えていたんだけど、急遽レンタカーを借りることにしました。きよすみのお母さんが近所の車屋さんに電話してくれ、ぎりぎり1台確保できました。お世話になり、ありがとうございました。
宿にチェックインするまでは自由時間、さあどこに行こうかな。
2019
06.11

世界遺産の一部である野崎島

野崎島は無人島(宿泊施設があるので、そこの管理人さん以外は)。1971年(昭和46年)に最後の6家族が島を離れて、それ以来住居や畑は放置されていました。


沖ノ神嶋神社の神官屋敷は、最近きれいに修復され、ツアーの見学コースになっています。


私たちは行かなかったけれど、ここ野崎には「王位石(おえいし)」という頂上までの高さ24メートルもの巨石の建造物があり、それが沖ノ神島(おきのこうじま)神社の御神体です。神官さんは毎日そこまで登っていたというからすごいなあ。


お台所も復元され、十分にひとが住める家になっていました。村の人が島を離れたあとも、神官さんは2001年(平成13年)まではここに住んおられたそうで。


集落に積まれた石垣は、木造の家屋が朽ちてしまったあとも残っている。


まだ家具を置いたままの家もありましたが、このように屋根も抜け、柱とともに土に返っていくような家も。


島へ船で渡って、自由に散策することもできますが、私たちは旧野首教会を見学したかったので、ガイドツアーに申し込みました。優しく丁寧に島のことを教えてくださった。


集落を抜けて、鹿よけの柵を超えると、そこに広がっているのは野生の地。


日本ではないような錯覚に陥る草原と、赤土の崖。海が、飛び込んじゃいたいようなブルーですね。


群れを作って移動している鹿たち。


一時期は天敵がいないので増えてしまったそうですが、自然淘汰されて繁殖するのにちょうどいい個体数に落ちついたと。


港からは離れた野首集落に、教会はある。潜伏キリシタンのひとびとが弾圧を逃れるために移り住んだ地です。


貧しい暮らしの中から、たった17世帯がお金を出し合い、教会を建てたのです。


完成は1908年(明治41年)10月、教会建築の名工・鉄川与助の設計施工によるものだそう。


野首集落が廃村となったあとは、一時期は教会は荒れ果てた状態にありました。その後、小値賀町が重要な文化財として全面改修し、1989年(平成元年)には長崎県指定有形文化財に指定されました。今は世界遺産になってしまったので無理でしょうけれど、以前は結婚式に使われたりしたこともあるそうな。木のぬくもりを感じる、真っ白な漆喰が美しい教会でした。


昭和60年(1985)に閉校になった小・中学校の木造校舎は、今では 「野崎島自然学塾村」として利用されています。昔懐かしい廊下や、水飲み場。修学旅行やキャンプ場としても使われるそうだけど、普段は日帰り客がやってくるだけ。


ツアーはここで終了で、場所を借りてランチにしました。帰りの船が出る時間帯までに港に戻ればいいので、すぐそばのビーチに降りてみました。このホワイトサンドのきれいなこと、無人島なのでごみ一つなく。


小さいけれども、色鮮やかな貝殻を拾ってきました。


島は本当に静かで、夜は星がきれいに見えるだろうなあ。でもここで管理人をされている方はよくさびしくないなあと。急な斜面や風の吹き付ける厳しい環境で苦労して野首地区を開墾したひとたちも今はもういない。


野崎島をあとにする船から、野首地区にたたずむ教会が見えました。ひとが去ったあとに残された建造物は、過去の記憶を忘れずにただ風雪に耐えているようで、もの悲しい。

2019
06.09

フェリー太古に乗船

2018年のGWが始まる前日、仕事を終えたダンナと福岡に飛び、タクシーで港に向かいました。長年温めてきた五島列島への旅がようやくかなうのです。フェリー太古のチケットはありがたいことにネットで予約可能でした。


この船は2014年からの5代目だそう。どこもかしこもピッカピカで感動です。


乗るなら絶対にここ!と決めていたグリーン寝台を首尾よく確保できました。GWが始まってからだと難しかったと思いますが、そのために1日前倒しで旅程を組んだのですもの。


グリーン寝台は54席あります。雑魚寝の大部屋と違い、個室感あります。寝具はもちろん、テレビも完備です。これでプラス2100円はお値打ちだわ。


荷物をロッカーにしまって、船内を探検。博多発は遅いので誰もいませんでしたが、お子さんが遊べるスペースはいいねえ。新造船ならではの施設です。


ゲーム機が置いてあったり。自動販売機もたくさんあるので、便利便利。


ここは展望ラウンジです。明るい時間帯なら眺めを楽しめるのでしょうねえ。使用できるのは23時30分までらしい。


早速ダンナが自販機でお酒とおつまみを買ってきました。これから始まる旅に思いをはせ、道中の無事を祈って乾杯。


そういや、太古には船内wifiもあるんですよ。


船は未明の3時55分に最初の寄港地である宇久島へ。そして4時40分に目的地小値賀島へ到着。早い時間帯なので、港には男女別の仮眠室が設けられてました。ひと眠りできるかなと思いましたが、赤ちゃんがずっとぐずり泣き。お母さんも大変ですが、赤ちゃんは環境の変化に敏感だから不安だったのかな~。


明るくなってきたので起きだして、顔を洗ったりコンタクトを入れたり。小さな売店があったのでのぞいてみる。うっかりしていましたが、朝ごはんだけでなく、このままツアーに行くので昼ごはんも調達しないといけなかったんだ。まわりにお店がもう少しあるのかと思っていましたが、ここしかなく。博多港で仕入れてくるべきだったなあ。お土産物がほとんどの中、菓子パンとカップラーメン買いました。


鹿のはく製や角がたくさん飾ってありました。おぢかアイランドツーリズムという島の宣伝しているサイトにはずいぶんお世話になりました。ターミナル内にあるカウンターは6時30分からオープンしていて、このまま野崎島へ行く時は荷物も預かってくれます。 


ツアーの目的地である野崎島への船は、この港から離れた場所にあるよう。


案内に沿って行ってみると、小さな船がとまっていました。町営船のはまゆうは、基本朝と夕方の一日往復2便なんです。

2018
05.04

祝、世界遺産登録‼️

昨夜、五島列島と長崎県の旅から帰ってきました。数日はキャンピングカー泊だったし旅の疲れも出て、自宅の柔らかいベッドで爆睡でした。
今朝起きてiPhoneに表示されてたニュースを見て飛び起きる。


なんと!ユネスコの諮問機関が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界文化遺産に登録するよう勧告したというではないの。
旅行中はあちこちで教会を見たり、キリシタンへの迫害の資料を目にしていたため、大変感慨深い。喜ばしい反面、これから派生するだろうあれこれや各自治体の負担を考えるとちょっと複雑な気持ち。12資産のうち、最もアクセスが悪い野崎島の野首教会も今回足を運びましたが、あの小さい小値賀島に観光客が押し寄せてもオーバーフローするのは目に見えているもの。
まあともあれ、保守に大変なお金がかかることだし多くのひとに知ってもらった方がいいのでしょう。(ほぼ)世界遺産認定おめでとうございます。
2018
04.26

めざせ博多港

羽田空港のサクララウンジから。連休始まる前の木曜夜なので、空港もラウンジもすいている。


今日はこれから福岡に飛び、いよいよ太古に乗船するのだ。五島列島への旅行計画はいつも予期せぬ出来事が起こり中断するはめに。これが三度目の正直よ。
やっとオーストラリア日記を書き始めたばかりですが、しばらくブログお休みします。
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