2013
04.06

ダンナ母が痴呆症に

2012年を迎えたお正月、ダンナ実家に行ったときからおかしいとは思ってた。
交わした会話を覚えてないし、何度も同じこと言うし、直前に自分が買ったものすら

忘れてしまう。何より細かいことにこだわらなかったおおらかな義母が、妙に

意固地なことを言うようになったから。

新幹線で2時間弱ではあるけど、そうそうは帰れない。

うちの近くに来たらと誘ったけど、母の返事はいつも「もう少しほっといて!

自由にさせて」だった。

今年に入ったある日、母の妹にあたるひとから自宅に電話が入った。
母の腰の具合が悪化して以来、医者にも買い物にも行けない日が続いていて

食料を持って様子を見に行ったら、言動がおかしいと感じたそう。

そのうち一日に何度も電話が入るようになり、高い場所の探し物を頼まれたら

こちらも腰を痛めてしまい、仕事もあるから困ってるとの内容。
迷惑をかけていたことをお詫びし、帰宅したダンナに伝えた。

次の週末にすぐに駆けつけると、ダンナ愕然。

冷蔵庫の中はほとんど腐ったモノばかり、冷凍庫には同じモノがいくつも

入っていたそう。

電話する度、変わりない、元気でやっていると聞かされていただけに、彼も

困惑したみたい。ろくに身の回りのことも出来なくなっても、素直に子供にSOS出す

高齢者の方が珍しいのだとは、あとから介護サービスの方に聞いた話。

おばさんに電話をかけて、詳細を聞いたダンナ、役場に電話して介護センター

を教えてもらった。すぐにひとを派遣してくれ、介護認定するための手続きを

手配して下さる。あれよあれよという間にケアマネージャーが決まり、日々の訪問まで。

ほぼ毎日様子を見に来てくれる人ができただけで、ほっと一安心。

最初は「知らないひとに入られたくない」「お金がかかる」としぶっていた母だったが

不自由なところをお世話してもらい、毎日担当の人とおしゃべりもできたのがよかったのか

訪問サービスに慣れるのは早かったみたい。


平行して、専門のお医者様のところで診てもらうことにしました。

頭のCTなどの検査を受けたところ、やはり脳が萎縮してしまっているとのこと。

毎日の訪問でこのまま乗り切ってくれるかと思っていたけど、進行は予想以上。

薬の服用もひとりでは無理で、自己管理ができなくなっているのが発覚。

お医者様も、一人暮らしはもう無理でしょうとおっしゃっているという。

薬もそうだけど、火事とか出すのが本当に怖い。


認定の時の質疑応答の様子から、要介護2はつくだろうというのが、センターの

予想だったけど、1ヶ月くらいして、出た結果は要介護1だった。

とりあえず要介護であれば、施設に入れるので、母の地元と、私たちが住む場所と

両方で探し始めたの。

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