2015
06.19

「無名戦没者”が語る沖縄戦」

昨日(6月18日)NHKが放送していた番組を見た。
ニュースが終わってチャンネルまわしかけた手を止めたのは、白黒フィルムの
映像で流されたのが、沖縄地上戦の様子だったからだ。
この6月23日は、沖縄で「日本軍の組織的な戦闘が終結した日」で、沖縄では慰霊の日
にあたる。

南部にある平和祈念公園の「平和の礎」には、沖縄戦の戦没者の名前が刻まれてる。
(不勉強なことに、私はずっと「いしずえ」と読んでいて。。。建物などの基礎を、沖縄の
方言で「いしじ」と発音することから、読み方は「いしじ」という)
沖縄戦終結50周年記念事業の一環として、国籍を問わず、また、軍人、民間人の別なく
全ての戦没者の氏名を刻んで永久に残すため、1995年に建設されたそう。




遺骨も見つからない遺族にとって、刻まれた名前は“生きた証”であり、残された
家族はいまもそこに礎に通う。
中には○○の「妻」、「長男」など、名前が特定できないまま刻まれている方が
327名もいらっしゃるということを、今回番組で初めて知る。
戸籍が焼失してしまったうえ、戦後アメリカの統治下におかれたこと、米軍基地となった
地区の住民は各地に散らばってしまったために消息をたどるのが難しかったこと
刻銘の調査が開始された1993年が、終戦からすでに48年も経過していたことなど
調査は困難を極めたことだろう。

那覇にも近い西原町は、住民の2人に1人が亡くなったそうだ。
「一家全滅による」更地があちこちに残っていることも、今回初めて知ったことだ。
これは今現在いったい誰の所有になっているんだろう?
なぜ相続されないでこのままなのだろう?と不思議に思い、調べてみた。
「所有者不明地」というそうだ。
沖縄で弁護士をなさっている方がコラムに書いてらしたのが一番わかりやすかった。
T先生によると、2012年3月末の時点で、所有者不明地は合計で2683筆もあり
その合計面積は約80万8600㎡にもなるそうだ。

軍人よりも一般住民の戦死者がはるかに上まわっていたという、沖縄戦のその壮絶さ。
戦争を経験したひとたちにとって、決して過ぎ去ったことではないのだ。
戦争の悲惨な記憶を絶やしてはならない。
今度の沖縄訪問の時は、娘も連れて平和祈念公園にも立ち寄るつもり。
個人でできることは小さいけど、少しでも次の世代に伝えていけたら。
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