2015
10.24

旧海軍司令部壕、平和の礎

ビーチを満喫したあとは、南部ならではの見学をしに。
私も初めて訪問するけど「旧海軍司令部壕」という場所。
 


外は晴天でしたが、地下にある壕はまるで別世界。
昭和19年(1944年)日本海軍設営隊によって掘られた司令部壕で
当時は450mあったそう。
カマボコ型に掘り抜いた横穴をコンクリートと杭木で固め、米軍の艦砲射撃に
耐え、持久戦を続けるための地下陣地で、4000人の兵士が収容されていたんだって。
横になって休むスペースもなく、兵隊さんは立ったまま休息したとか。

戦後しばらく放置されていたものを、数回に渡る遺骨収集の後、昭和45年
(1970年)3月に、司令官室を中心に300mが復元されたもの。
幹部が自決した部屋など、当時のまま残っています。
 

一般市民も動員され、土地は焦土と化し、非戦闘員であるひとびとが
9万人以上もなくなっている(沖縄県平和祈念資料館HPより)。
本土の捨て石にされたも同然の沖縄。
当時の写真や、こうした跡地を見学するたびに、言葉をなくす。


NHKの特集で見て、ここも一度は訪問しなくてはと思った場所。
着いたのがもう夕方で、見学者はあまりなかった。
 


平和の礎(いしじ)である。
 


この途方もなく遠くまで続く、石碑。
1枚に彫られた、亡くなった人々の膨大さ。
 


数字で20万人が亡くなったと聞いてもぴんと来ないが
こうやって実際に見てみると、想像もつかないくらい多くの
ひとが命を落としたのだと実感する。
それぞれの生活、それぞれの家族、それぞれの人生。
未来への夢も、平和な日々も、喜びも悲しみも、ある日突然終わったのだ。
 


丹念に見ていくと、NHKの番組で出ていた無名戦没者の方がいらした。
一家全滅したひとたちの中には、生まれた時につけてもらった名前すら
なくしたままのひとがいるのだ。
 


広い広い公園のつきあたりは海だった。
韓国人の学生さんとおぼしきひとたちが熱心に見学されていたな。
 


ここで戦争があったなんて嘘のようなおだやかな風景。
自分が平和な世の中に生まれたことを改めて感謝して
亡くなった方に黙祷をささげました。
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